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【プロ野球】「野球バカとハサミは使いよう」山田隆道著

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“球春到来”に合わせ、2012~13年にかけて東スポ紙面連載された往年のプロ野球選手から処世術を学ぶコラムを復刻します。選手のエピソードから導かれる教訓は日々の生活に役立つこと間…
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#キャリアアップ

旬を逃してしまうと心が腐ってしまうこともある【野球バカとハサミは使いよう#23】

マネジメントに恵まれなかった〝アジアの大砲〟 2013年のWBC第2ラウンドで日本を苦しめた台湾。日本球界における台湾出身野手のパイオニアといえば、1988年に巨人に入団した右のスラッガー・呂明賜だろう。当時の球界には、一軍登録が可能な外国人選手は1球団につき2人までというルールがあり、巨人にはすでにクロマティと投手ガリクソンがいたため、呂は2人にアクシデントがあったときの保険という扱いだった。  したがって、入団当初は二軍暮らしが続いていたのだが、88年6月にクロマティが

キャリアアップの前に思い出したい大きなリスク【野球バカとハサミは使いよう#16】

人材育成は忍耐力と覚悟  プロ野球における4番打者とは、打者における野球ヒエラルキーのトップと言って差し支えないだろう。アマチュア球界で4番を打っていた猛者ばかりがプロの門を叩き、その中でさらに競争を勝ち抜いた者だけがプロでも4番を打てるわけだ。  そんな栄えあるプロ野球の4番打者という称号を18歳という若さで勝ち取った選手は数少ない。その代表的な例が1986年の西武・清原和博と、62年の近鉄・土井正博である。  清原の場合は、ご存じの通り高校球界のスーパースターだったが