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趣味はプライベートだけでなく仕事も広げてくれる【野球バカとハサミは使いよう#4】

変わらぬ勝負強さを発揮した代打屋

 27日に競馬の祭典、日本ダービーがあった。全国の競馬ファンが大いに熱狂したのはもちろん、シーズン中のプロ野球界でも、きっと“あの人”だけは落ち着かなかったはずだ。

 現在、巨人の育成コーチを務める大道典嘉のことである。大道は本業のほかに、球界屈指の競馬通として知られる人物だ。

 1988年に当時の南海ホークスに入団した大道は、球団がダイエー、ソフトバンクと身売りされていく中で、職人肌のクラッチヒッターとして活躍。ずんぐり体形の巨漢を小さく丸めながら極端にバットを短く持つフォーム(実際は長めのバットでこれをやっていたから、敵側はだまされた)で、多くのファンに愛された選手だった。

この独特の構えで人気を博した大道

 そんな大道が飛躍的に知名度を上げたのは、2007年に人気球団・巨人に移籍したことがきっかけだった。大道はそこでも代打屋として変わらぬ勝負強さを発揮し、それによって彼の素顔にも注目が集まった。

 すると、プロ野球選手としては度を越した競馬好きであることが判明。東京ドーム近くの書店で競馬雑誌を購入する姿がファンに頻繁に目撃されたり、3連単を当てて400円が約100万円に跳ね上がったことがニュースで報じられたり、その競馬好きが世間に広く知れ渡るようになったのだ。

 そして調子に乗った(?)大道は本業が野球であるにもかかわらず、スポーツ紙などで予想を披露。さらにオフシーズンには巨人ファンのアナウンサー、徳光和夫がMCを務める各種番組にゲストとして呼ばれるまでになった。徳光もまた、大の競馬党だからだ。要するに、大道は野球選手なのに競馬に詳しいというギャップのある趣味を究めることで、スター揃いの巨人の中でも異質の存在感を発揮したのだ。通算安打1000本にも満たないベテラン代打屋が、オフになるとまるで主力クラスのようにメディアに出まくるというのはちょっとした珍現象だろう。すべて競馬番組か競馬コーナーだったけど…。

引退セレモニーで原辰徳監督のねぎらいを受ける大道典嘉(10年11月、東京ドーム)

 これは組織の中でいかに存在感を発揮するかが問われるサラリーマンにも非常に参考になる極意だ。その会社が手がける専門分野を学ぶことは当たり前として、それとは異なる別の趣味を究めることも重要だ。

 もっとも、他の同僚も詳しいような定番の趣味では目立たない。「このジャンルならあいつだ」と重宝がられるような希少な趣味を意図的に探すことがポイントになってくる。趣味人の行く先にはプライベートの充実だけでなく、仕事の広がりも待ち受けているのだ。

部下の身近に“生きた教材”を置いているか

 会社内における部下の育成とは、その上司にとって非常に重要な仕事のひとつである。

 そして、これもまたプロ野球にも通じる話であり、各球団の監督、コーチたちは今も昔も選手育成に手を焼いている。ちなみに、かの名将・野村克也は「選手を9回けなして、1回褒めるぐらいが指導法としては理想的だ」としばしば語っている。

 そんなノムさんといえば、やはり1990年代のヤクルト監督時代が思い出される。広沢克己(現克実)、池山隆寛、古田敦也といったところを擁して、在任9年間で4度のリーグ優勝、3度の日本一。まさに黄金時代だった。

 しかしその偉業の陰に、ヤクルトの前任監督を務めた関根潤三の功績があったことを忘れてはならない。特に広沢と池山の2人は、関根監督によって育成された大砲コンビであった。

池山隆寛(左)と広沢克己(92年10月、新橋)

 時は1988年のシーズン終盤である。当時ヤクルトを率いていた関根監督は長期低迷中の自軍を再建するべく、伸び盛りの若手であった広沢と池山に目を付けた。この2人のさらなる成長がヤクルトの命運を握っていると考え、2人の育成のためにひとつの策を企てたのだ。

 それがなんと、阪神・掛布雅之の獲得だったという。

 掛布といえば、言わずと知れたミスタータイガースだ。全盛期はプロ野球界を代表する4番打者の一人だったが、80年代後半に入ると不運な故障禍による衰えが著しくなり、この年限りでの引退が噂されていた。

 しかし、関根監督はそんな掛布であっても、広沢と池山のためには必要だと考えた。プロの本物の4番打者とはこういうものだということを、掛布の背中を見せることで感じさせたかったわけだ。

 実際には、掛布獲得作戦は未遂に終わった(掛布自身が「阪神で終わらせてください」と断わったそうな)のだが、こういった人材育成術の理論自体は、サラリーマン社会にとっても非常に参考になる極意である。

 部下を育成する方法とは、何も口で指導することだけではない。部下の身近に“生きた教材”を置くことで、その部下が仕事について何かを感じたり、自主的に考えたりすることもあるだろう。部下が育つべくして育つ理想的な環境を意図的に与えることも、育成術としては効果的なのだ。

山田隆道(やまだ・たかみち) 1976年大阪府生まれ。京都芸術大学文芸表現学科准教授。作家、エッセイストとして活躍するほか大のプロ野球ファンとして多数のプロ野球メディアにも出演・寄稿している。

※この連載は2012年4月から2013年9年まで全67回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全33回でお届けする予定です。


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