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即ミラクル!「ウマ娘」に実装されたヒシミラクルを「東スポ」で振り返る

 本日、ゲーム「ウマ娘」でヒシミラクルが実装されました。ナリタトップロードの実装が本命視されていたのでネットでは驚きの声が上がっていますが、父親は同じですし、何よりあの馬のことを知っていると納得もできます。はい、ヒシミラクルってこういう馬。きたら大穴。「え?」「ミラクル?」と言わせる馬なんです。というわけで、何度もそう口にしてきた私が「東スポ」で稀代のミラクルホースを振り返らせていただきます。ぶっちゃけ自分も完全にトップロードだと思っており、「もう書いてあるから大丈夫だろ」とノンキな顔をしていたので急いで、徹夜で書くハメになりました。現役のときもそうですが、本当にこの馬にはヤラれっぱなしです。(文化部資料室・山崎正義)


ファーストミラクル

 ミラクルは唐突でした。2002年の菊花賞、馬柱をご覧いただきましょう。

 ヒシミラクルは1枠2番。△が1つ付いていますが、まあ妥当なところで、他の新聞もこんな感じ。人気は10番目でした。それも当然です。改めて馬柱をアップにしてみましょう。

 着順だけ見ればそれほど悪いものではありません。しかし、実はこの前に10回も走っているのです。なんなら勝つのに10戦も要していたのです。2歳の夏にデビューしたものの1200メートルでは全くスピードについていけず7、11、8、9着。父サッカーボーイの産駒が長距離志向だったので、距離を伸ばし、やっと上位に食い込むようになったところで休みを取り、最終的に3歳5月に初勝利を挙げたのが10戦目でした。その次が上の柱の最初「ぶっぽう(そう特別)」です。徐々に力をつけてきたのか、その昇級戦で2着に入り、次走で2勝目。さらに3戦かけて3勝目を挙げ、菊花賞トライアルの神戸新聞杯(GⅡ)にチャレンジ。ただ、結果は6着です。菊花賞の優先出走権が得られるのは3着以内。つまり、ヒシミラクルは菊花賞の出走権利を持っていなかったのですが、抽選にかけました。確率は…

 8分の3――

 これを突破して出走したのですから軽いミラクルでしょう。とはいえ、やはり前述のような乏しい実績ですから人気になるわけがありません。菊花賞というのは夏の間に急激に力をつけた〝夏の上がり馬〟が台頭してくることもあるのですが、そういう馬は古馬相手に非常に強い勝ち方をしてきたり、前哨戦で好走しています。しかし、ヒシミラクルは夏の勝ち方が地味で、前哨戦でも負けており、上がり馬感はありませんでした。というわけで10番人気も当たり前。スポーツ新聞でもほとんど扱われていませんでした。

 降りしきる雨

 薄暗い競馬場

 あの日の京都競馬場がうっすらモヤに包まれていたように見えたのは、天気に加え、小粒なメンバー構成だったからかもしれませんが、そんなスッキリしない空気が、ゲートが開いた瞬間、一変します。

「あ!」

 その悲鳴はヒシミラクルが起こしたものではありませんが、もしかしたら彼が呼び込んだ嵐だったのかもしれません。

 落馬――

 なんと、ゲートを出た瞬間、ある馬がつまづいて騎手が落ちてしまったのです。その馬名を確認し、ファンは悲鳴を上げました。

 皐月賞馬

 ノーリーズン

 1番人気!

 波乱のにおいが漂う中で進んだ三冠最終戦。ノーリーズンから馬券を買っていた人は絶望していたでしょうが、前述のように小粒なメンバー構成で、多くの馬にチャンスがありそうだったので、「面白くなったぞ」とウキウキしていた穴党もいたでしょう。そんな中、ちょっとした穴党ですら無視していた馬が2周目の3~4コーナーで外を一気に上がっていきました。

 早すぎます

 無謀でした

 そのまま4角先頭

 強引に先頭

 先頭へ

 強引すぎます

 でも、まだ先頭

 まだ…

 まだ…

「え?」

「あっ!」

 外から1頭強襲!

 際どい結果は…

「おいおい」

「これ、いくらつくんだよ…」

 10番人気の単勝ですから3660円でしたが、これはまだいいほう。問題は馬連です。2着に突っ込んできたのは16番人気のファストタテヤマ…

 9万6070円!!!

「なんじゃこりゃー!」

 当時のクラシック最高配当にもはや笑うしかなく、馬券が外れたファンは逆にがっかりしませんでした。三連複にいたっては

 34万4630円!!!

 この頃はなかった三連単があったら間違いなく100万超えです。

「こりゃ無理だ」

「取れるわけないよ」

「そもそも1番人気は落馬だったんだし」

 そう、いろいろな意味であきらめがついたわけで、勝ったヒシミラクル云々よりも、「伝統の菊花賞がめちゃくちゃ荒れた」という方がニュースでした。翌日の本紙も見出し、記事ともに落馬が中心。

 ヒシミラクルに関してはこんな論調です。

「バテない強みを生かし切った早め早めの騎乗が功を奏したのか」

「今後も長距離なら活躍できるかも」

 半信半疑感たっぷりで、ハッキリとは書いていませんでしたが、記事もファンも「実力でもぎとった」とは感じていなかったのが分かります。何せ、乗っていた角田晃一ジョッキーもこう言っていたんですから。

「抽選で入ったうえに、なおかつ勝ってくれて奇跡としか言いようがない

 はい、奇跡、いただきました。

 そうです。

 名前の通り。

 ミラクル!

 グレード制が導入された1984年以降、2ケタ人気馬が菊花賞を勝ったことはありません(現在までもありません)。ただ、だからこそ誰もが脳内でこう変換しようか迷っていました。

 まぐれ 

 フロック

 一発屋

 う~ん、でも、ちょっと待てよ、という心の中はこう。

「昔から『強い馬が勝つ』と言われる菊花賞を勝った馬だ」

「菊花賞をきっかけに飛躍する馬だっている」

「次だな」

「次を見るまで待とう」

 さあ、「ミラクル」がどう変換されるか見ていきましょう。


 セカンドミラクル

 ヒシミラクルが次走に選んだのは年末の大一番・有馬記念でした。

 本紙の馬柱では印はかなり薄いですし、他紙でもそこまでではなかったと記憶しています。やはり、菊花賞までの実績と上がり馬感がなさすぎましたし、その菊花賞も完勝というわけではなく、血統だっていいわけではありませんから、記者の目はシビアでした。ただ、人気で言えば5番目。有馬記念というのは菊花賞馬が好走するケースが多々あり、前年、菊花賞を6番人気で勝ったマンハッタンカフェがその勢いで有馬までぶっこ抜いた印象も残っていたファンからしたらこうも感じていたのでしょう。

「今年も菊から一気に浮上するかも」

「もしかしてヒシミラクルも…」

「いずれにしてもこのレースで分かる」

「菊花賞は実力だったのか」

「ミラクルだったのか、が」

 結果は…

 11着

 大敗――

「やっぱりミラクルだったんだ」

「いや、ミラクルというよりフロック…」

 いやいやまだ分からんぞ!という人も、翌年、古馬になったヒシミラクルの結果に変換を始めます。

 マグレだったのか…

 やっぱり一発屋だったのか…。

 そんな中で迎えた天皇賞・春。陣営や動きからは「やってやるぜ」的な雰囲気が漂っていました。

 でも、印はこんなもんでした。

 分からないでもありません。菊花賞馬ですから3200メートルの天皇賞で本領発揮を期待するのが自然でしょうが、休み明けとはいえ、ヒシミラクルは3000メートルの阪神大賞典でも12着と大敗していました。調子云々ではなく「一発かまして終わってしまった」という馬にも見えたのです。

「今までもいたもんなぁ」

「菊花賞とはいかずとも、人気薄で重賞を勝ったものの、その後は鳴かず飛ばずっていう馬が」

「そのパターンか…」

「この2戦は菊花賞みたいにマクリきれていないし」

「だよな」

「あの菊花賞みたいな競馬ができればいいんだろうけど…」

「あのときみたいに3~4コーナーで一気に上がっていければ…」

「でも、あのときはメンバーが弱かったんじゃないか?」

「だよな。ってことはあのマクリは…」

「今の状況じゃ無理そうだよな」というファンが多かったのは、この天皇賞・春が小粒なメンバーで、なおかつその中で2頭しかいないGⅠ馬なのに単勝16・1倍の7番人気にとどまったことが証明しています。誰もが菊花賞はマグレだと思い始めていました。誰もが菊花賞はフロックだと思い始めていました。だから、まさかマグレでフロックだったはずの菊花賞と似たような競馬をするとは、できるとは…。

 2周目の3コーナー過ぎてGO

 強引に

 強引に

 菊花賞まではいかないまでも4角で先団へ

 直線向いて早々に先頭

 早すぎるぐらいの先頭

 でも、まだ…

 まだ…

 まだ!?

「おい…」

「ミラクル…」

「ミラクルだ!」

 口から出たその言葉は馬名か、現象か。

 ファンは混乱しました。

 マグレじゃなかった

 フロックじゃなかった

 一発屋じゃなかった

 では、変換をやめて…

「ミラクル」?

 いや、でも、伝統のGⅠを2つも勝っているのですからミラクルでも奇跡でもなんでもないような…。訳が分からなくなったファンは笑うしかありません。2着に8番人気のサンライズジェガーが突っ込んだことで馬連は1万6490円の波乱。菊花賞の時と同様、「伝統のレースが荒れたな~」と苦笑いしつつ、じゃあ、ヒシミラクルはいったいなんだったんだと考え、ひとまずこう結論づけることで自分を納得させました。

「生粋のステイヤー」

 そう、無尽蔵のスタミナを持った典型的なマラソンランナーだということだけは誰がどう見ても分かりました。

「そこで仕掛けたらスタミナが持たない」という京都の下り坂からのロングスパートで最後まで止まらないこと。

 そのスパートを発揮するのに、長い距離が必要なこと。

 追って追って追いまくらないとスピードが出ないこと。

 さらには、レースを使って使って調子を上げていく様子も、昔ながらのステイヤーに映りました。今は少なくなりましたが、こういう長距離馬、いたんです。休み明けは走らず(だから阪神大賞典は敗れたのでしょう)、何レースも走って走って体調がアップしていく馬が。

 以上をもちまして、長距離なら好走は奇跡ではない、フロックではない馬という認識になったヒシミラクル。ある意味、ミラクルではなくなったのですが、やっぱりヒシミラクルはヒシミラクルであるという、もはや書いていて何がなんだか分からないことが、この馬には起こるのですから、やっぱり競馬はミラクルです。


サードミラクル

 スピード競馬が進む時代に突如現れたステイヤーは次走に困ったでしょう。言い方は悪いですが、3000メートル以上の距離を必要とするであろう馬は

 時代遅れ

 でした。20年前で既にそうだった。それぐらいサンデーサイレンスと日本競馬の発展がもたらしたスピード化はすさまじく、ヒシミラクルにとって活躍の場が限られるのは明らかでした。

「大阪杯を見ると中距離じゃついていけてないし」

「よくて年末の有馬か」

「でも、去年は負けてるもんな」

「来年の天皇賞・春まで出番はないんじゃないか?」

 とはいえ、体調的には元気一杯のGⅠ2勝馬を休ませておくわけがありませんから、ヒシミラクルは続戦します。出走したのはおよそ2か月後の宝塚記念です。

 先ほどのファンの声は、記者たちの声でもあったと分かる印かと思います。本紙は全くの無印。GⅠ2勝馬で、つい先日の天皇賞・春を勝った馬がこれ?とお思いかもしれませんが、やはり2200メートルという距離についていけるようには見えませんでした。また、それ以上にメンバーがめちゃくちゃ強かった。

 3歳で天皇賞・秋と有馬を勝った前年の年度代表馬・シンボリクリスエス

 芝とダートの二刀流GⅠ馬で、3週前の安田記念も勝っていたアグネスデジタル 

 前年の有馬2着馬でこの春は連勝で前哨戦の金鯱賞を快勝し、本格化気配のタップダンスシチー

 天皇賞・春には出ていなかった古馬のトップ級がズラリ。さらにもう1頭、とんでもない馬が加わっていました。

 3歳ネオユニヴァース

 ダービー馬参戦!

 全馬がウマ娘になっているのもすごいですが(笑)、とにかくヒシミラクルに印が回らないのも当然の豪華メンバー。そして、ファンとしては、そんな状況になっているのがたまらなく嬉しかった。実は当時はなぜか古馬GⅠが小粒になりがちで、この宝塚は久々のワクワク案件だったのです。

「すごいぞ」

「どの馬が勝つんだろう」

「予想するのが楽しすぎる!」

「レースが楽しみすぎる!」

 阪神競馬場にファンが殺到したのも納得ですし、太陽も春のグランプリを盛り上げようと、梅雨雲を吹き飛ばしてくれていました。夏を思わせる陽気と場内の熱気で、私は半袖だったと思います。

 アツい!

 激アツだ!

 宝塚記念というのは時期的に馬場が悪くなりがちなのに、芝は濡れていません。タカラヅカの舞台は整いました。

 豪華絢爛

 好メンバー

 良馬場

 真っ向勝負

 スピード勝負

 ワクワクのゴール前最前列近くで見ていた私

 4コーナーの方から馬が近づいてきました。

「どの馬だ…」

「誰だ…」

「あ、あれは…」

「え?」

「え?」

「ミラクル?」

「ミラクル!?」

 周りのみんなも叫んでいました。

「ミラクル!」

「ミラクルだ!!」

 あれは馬名か、現象か。

 顔を見合わせるファン

 数秒後 

 なぜか私たちは笑っていました。

「ステイヤーじゃなかったの?」

「長距離専門じゃなかったんかい!」

 よく見たら2着には8番人気のツルマルボーイが突っ込んでいました。

「また荒れた」」

「また万馬券だ」

「なんなんだ、この馬は」

「いや、なんなんだって…あれでしょう」

 ミラクル!

「ってか、3度もやるか!?」

 豪華メンバー

 最強のエンタメ

 最高のタカラヅカ

 おそらく誰もが期待した結果ではなかった

 でも、なんだか許せる

 なんだか笑っちゃう

 笑うしかない

 だって…

 ミラクルはたまに起きるからミラクルなのに

 またまたミラクル

 3度もミラクル

 もはやミラクルじゃないはずなのに

 でも、やっぱりミラクル!

 またまた書いていて分からなくなってきました。

 あの時の私たちもよく分かっていなかった。

 でも、笑っていました。

 私も今、書きながら笑っています。

 まあ、いいじゃん

 なんか面白かったし

 とんでもないものが見れたし

 もはや変換もくそもありません。

 すべてこの言葉でOK

 なんて素晴らしい馬名!

 ヒシミラクル!

 当の本人(馬)は普通に、自分なりに頑張っていただけでしょう。評価や人気は人間がつくるものですから、ミラクルはミラクルを起こしたつもりはなかったはずです。でも、やっぱり、ミラクルが起こる。そういう馬。ヒシミラクルはそういう馬だから、もうひとつとんでもないミラクルを起こしていました。あのゴールの瞬間、別のミラクルが起こっていたのです。


ミラクルおじさん

 レース後の勝利ジョッキーインタビューの角田騎手は汗だくでした。もともとスピードがないので、遅れぬようについていくよう促さなければならず、レース中は終始追い通しだったわけで、相当大変だったでしょう。追って追って追いまくってしぶとさとスタミナを活かし切った好騎乗だったわけですが、表情からはやはり「まさか勝つまでは…」という様子も。そんな中、気になったのは最後に「応援してくれたファンの皆さんへ一言」と促されて口にしたこのコメントでした。

いっぱい馬券買ってくれた人もいたみたいで、おめでとうございました」

 どういうこと?と感じた人もいたでしょう。いっぱい馬券を買われていないから6番人気だったわけで違和感を持った人もいたはずです。でも、そのコメントの理由は翌日、すぐに判明します。朝刊スポーツ紙も大々的に報じ、本紙にもしっかり載っていました。

 ヒシミラクルの強さを称えるメイン記事の左下をアップにしてみましょう。

 なんと、レース前日に、ヒシミラクルの単勝を1222万円購入した男性がいたというのです。もちろん馬券は的中。払い戻しは

 1222万円×16・3

 =

 1億9919万6000円!!!

 まさにミラクルですが、では、どうしてこの大量購入が知れ渡っていたのでしょう。この宝塚記念の単勝馬券の総売り上げは約7億円ありましたから、たとえ1222万円買ったとしても、そこまで目立つことはなかったような気もするのに、騎手や関係者はもちろん、レース後にこの事実をしっかりJRAにメディアが取材しているのですから、多くの人が知っていたことになります。なぜか。

 理由はオッズ。実は前日、ヒシミラクルの単勝オッズが跳ね上がっていたのです。

 あれだけ新聞の印が薄い馬が

 常識的には厳しいだろう思われていた馬が

 謎の1番人気

 なんなら午前11時ごろ

 1・7倍!

 これはさすがに「そんなバカな」となりますよね。日曜からオッズを見た人は気付かなかったかもしれませんが、少なくとも競馬関係者やメディアの人間は「誰かがたくさん買ったに違いない」と感じました。だからレース後、JRAに取材をして、購入を確認しわけです。もちろんプライバシーがありますから、人物の詳細は明かされませんでしたが、

 中年男性が

 ウインズ新橋で

 午前10時55分ごろ購入した

 とは分かりました。せっかくなので、購入時間を証明してみましょう。土曜夕方に発売される本紙には、その日の午前10時20分時点のオッズが載っていました。

 ヒシミラクルは10番です。オッズは…

 17・2倍

 はい、最終オッズに近いですね。ですが、11時の時点では

 1・7倍…

 つまり、やはり10時20分以降、11時までの間に誰かが大量にヒシミラクルの単勝を買ったことになります。なんだか探偵みたいですが(苦笑)。 

 で、この〝ヒシミラクルおじさん〟がすごいのは、購入資金1222万円を〝ころがし〟で作ったのでは?と想像できたことです。ころがしとは的中させたお金を丸ごと次に買うレースにつぎ込む馬券の買い方で、1222万円というハンパな数字が〝いかにも〟でした。普通に買うにはハンパすぎる。もしかして…と確認してみたところ、土曜日の段階で、安田記念の高額払い戻しがあったという事実が分かります。安田記念を勝ったアグネスデジタルの単勝は9・4倍。130万円勝っていれば、ぴったり1222万円になるのです。

「ころがしてる…」

「だったら…」

「元手の130万円も何かの単勝では?」

 メディアをはじめ、多くの人が数字をチェックしはじめました。最も有力なのは、ダービーを勝ったネオユニヴァースの単勝です。

 2・6倍

 50万円買うと

 130万円!

 もちろん、他にもいくつかの馬名、レース名が挙がりましたが、今でも伝わるのはやはりこの「50万円を2億円にしたのでは?」という説。あくまで可能性のひとつとはいえ、あまりに夢がありすぎました。そう、まさに

 ミラクル!

 だったわけで、ヒシミラクルというと、必ずこの話が出てきますし、とにもかくにも宝塚のインパクトは超ド級でした(昨年の宝塚で〝ヒシ〟イグアスがミラクル勝利時と同じ5枠10番に入ったときにネットがザワついたほど)。まあ、先ほど書いたように、当の本人(馬)は普通に、自分なりに頑張っていたいだけでしょう。でも、勝手にミラクルが起こる。ヒシミラクルはそういう馬だった…で終わるのが普通でしょうが、私は許しません。だってミラクルはもうひとつミラクルを起こしていたのですから。


ミラクル後

 宝塚記念を勝ったヒシミラクルは秋になり、王道路線を歩むため、京都賞典(GⅡ)で始動しました。

 もう完全な実績馬ですから印はついていますし、人気もタップダンスシチーからほんの少し劣るだけの2番目。ただ、私も含め、ファンの中には「もしかしたら危ないんじゃないか」と感じていた人が少なからずいました。天皇賞・春のところでご説明したように、この馬はレースを使って使って良くなります。逆に言えば休み明けは苦手なのではないか。実際、春初戦の阪神大賞典は3000メートルでも負けているのだから、ここは危険ではないか。距離も2400メートルと、長距離とまではいかないですし、行き脚がつかないのでは…というわけです。だからこそ驚きました。

 普通に先行

 普通に2番手

 普通に伸びて

 普通に2着

 59キロを背負って、58キロのタップダンスシチーに逃げ切られたことは、ある意味仕方ありませんし、何より休み明けで正攻法の競馬ができたことに〝変化〟を感じました。それは誰がどう見ても王道GⅠ馬の負け方だったのです。

「もしかして…」

「本格化してるんじゃ…」

 みんなが気付きました。まだ信じてなかったのかい!と突っ込む人もいるかもしれませんが、ここで完全に気付きました。

「フロックなんかじゃない」

「天皇賞・春も宝塚も…」

「実力だ」

「ミラクルでもなんでもなかったんだ!」

 同時に浮上したのは秋の主役になる可能性。

「ジャパンカップに有馬記念」

「楽しみだ!」

「勝っても誰も驚かない」

「もうミラクルじゃない」

「頼んだぞ!」

 この後、右前脚を故障してしまったことは本当に残念でなりません。ただ、ファンの期待通りの結果にならないところはいかにもミラクルらしいですし、この馬のさらに偉いのは、シンボリルドルフメジロマックイーンを引退に追い込んだ繋靭帯炎というサラブレッドにとって致命的なケガを乗り越え、ターフに戻ってきたことです。しかも、ゆっくりではありますが、ミラクルらしさを取り戻していったのだから恐れ入ります。1年後、天皇賞・秋、ジャパンカップ、有馬記念と大敗を続けた後、年が明け、60キロを背負った京都記念で3着に突っ込んできたのを見て、ファンはいきり立ちました。

「そうだった…」

「この馬は使って使って…」

「使って良くなっていくんだった!」

 だからこそ、その後の天皇賞・春でファンはヒシミラクルを3番人気にしたのでしょう。

 今度は別のミラクル

 不治の病からの復活

 そんな奇跡を期待して馬券を買った人もいたんだと思います。それぐらい、この馬には何かを期待させるものがあったのですが、私は道中引っ掛かるぐらいの行きっぷりで前を追いかける姿に既に涙が出てきていました。

 京都の長距離

 2度のミラクルを起こしたここに

 よくぞ

「よくぞ戻ってきた!」

 はい、それだけで十分、ミラクルです。少しだけ白くなった馬体、年を取った〝ミラクルおじさん〟に私は頭を下げしつつ、16着に終わったレース後、こみあげてくる笑いを止めることができませんでした。

 勝ったのは13番人気

 2着は14番人気

 馬連8万5020円

 三連複22万5950円

 3連単193万9420円

「ああ…」

「やっぱり…」

「ミラクルだ」

 それは馬名か、現象か。

 当の本人(馬)は普通に、自分なりに頑張っているだけなのに、勝手にミラクルが起こる奇跡の名馬。

 ありがとう。

 お疲れ様でした。


念のため

 ナリタトップロードの実装をお待ちの皆さんや、彼のことをもっとよく知りたい方で、まだお読みではなかったらぜひ。


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