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競馬が分かる!小説の面白さも分かる!女性騎手がヒロインのオススメ本

 宝塚記念も終わり、中央競馬ファンの中には〝ひと休みモード〟に突入する人もいるかもしれません。しかし!GⅠがなくたって競馬は毎週あるし、夏競馬には夏競馬らしい面白さもあります。そしてもうひとつ、やや時間を持て余しているなら、こんな楽しみはいかがでしょう。それは…

 読書

 です。

 競馬に関する本

 読んでみませんか?

 というわけで、普段はウマ娘に登場する競走馬の史実を書き倒している私が、夏の特別企画としてお届けします。決してウマ娘原稿の新作が煮詰まっているからではありませんが(苦笑)、ウマ娘を知らない人にも競馬の別の楽しみ方を知ってほしいので、ペンを執りました。(文化部資料室・山崎正義)

青い目の…

 今回は、「初心者には最適」「小説すらほとんど読まない人にも面白く」て、古い競馬ファンには「読み逃している可能性がある作品」をピックアップします。「そんなの読んだよ!」という人はごめんなさい。

 まず、競馬に関する本はおおまかに分けて2種類あります。

「馬券本」

「小説」

 です。馬券本はいわゆる「こうやったら馬券が当たりますよ」という指南本。一方で、小説はその名の通り、競馬を題材にした小説です。私はどちらも大好きなのですが、今回は後者。と、ここまで読んで、こんなものが出てくると思った方、いませんか?

『競馬』(織田作之助)

『興奮』(ディック・フランシス)

『優駿』(宮本輝)

 昭和!!!

 はい、私と同じ世代ですね。刊行された年は上から1946年、1976年、1986年。なんなら私は東スポ記者ですからこれも外せません。

『極道記者』(塩崎利雄)

 塩崎さんは元東スポの記者で、70年代半ばに新聞で連載されたこの小説は本当に…と、話し出したら終わらないし嫌われるので、オッサンはこのへんでやめておきます。オススメするのはもっともっと最近、2014年に発売されたこの本です。

文庫になっています

 古内一絵さんの「風の向こうへ駆け抜けろ」(小学館)。

 舞台はつぶれそうな地方競馬場。そこでデビューすることになった18歳の女性ジョッキー・芦原瑞穂は気合十分なのですが、配属された厩舎にはヨボヨボの老人や酔っ払い、冷めきった調教師、さらには全く結果を出せない馬…そんな残念すぎる状況を、彼女と、一頭の馬が変えていきます。目指すは中央のGⅠ――。

 まず、読み始めてしばらくして、競馬ファンでも、「そんな馬がいるんだ」と驚くはず。ヒロインとともに物語の中心に立つ馬が、真っ白い顔青い瞳をしているのです。

「白い顔の馬は見たことあるけど…」

「青い目なんてあるの?」

 色素の関係で瞳が青く見える非常に珍しいケースで、そういう馬、本当にいるんです…と昔なら「どうせ知らんだろ」的に言っていましたが、最近は、ソダシ一族の先輩であるシロニイという馬が、片目だけ青いことで有名になりましたよね。

つい先日まで現役だったシロニイ

 で、この小説に出てくるのは両目が青いのですが、その奇怪な見た目のため、口約束のできていた馬主から見捨てられ、格安で売り払われた末、ひどい扱いを受け、精神的に苦しくなってしまいます。その馬を再生していく中で、読み手は、いかにサラブレッドにとって「心」が大事かが分かっていきます。

 馬は繊細

 人間との信頼関係が大事

「そんなこと知っとるわ!」と思うかもしれませんし、言葉にするとウソ臭いです。でも、だからこそ小説なんですよ。ストーリーの中で描かれると、「あ~、そういうことなのか」と納得できるんです。青い目をした馬は最初、全く言うことをききません。でも、担当厩務員は決して怒らない。辛抱強く、粘り強く、馬の気持ちをわかろうとする。その馬に乗る女性ジョッキーにもこう伝えます。

「目的が同じことさえ伝われば、必ず言うことを聞く」

「風の向こうへ駆け抜けろ」

 う~ん、やっぱり抜粋ではダメですね。小説で読んだらめちゃくちゃ説得力あるのに!レースだってそうなのに!例えば本紙の「東スポ競馬」で伝説のジョッキー・田原成貴さんが「馬の気持ちを聞いて」という話もよく分かるのに!


これぞ王道

 他にも、いろいろ部分で競馬を知ることができるのがこの本のいいところで、競馬の仕組み、厩務員さんの生活、馬主の力、牡馬と牝馬の違いまで、知らず知らずのうちに頭に入ってきます。そうそう、青い目の馬が初めて厩舎にやってきたときに大暴れするのですが、競走馬としては全くダメなツバキオトメという18歳の牝馬(人間なら70歳ぐらい?)が鎮めるところからは、集団で生活する動物である馬という生き物の一面をのぞけます。とにかく、しっかりと取材を行う人気作家にかかると、難しいとされる「競馬」がみるみる理解できるようになるからすごいです。

 また、人間が馬に教えてもらうこともあります。私が好きなのは、物語序盤で、ヒロインが早くも自らの状況に絶望しかけている場面。厩舎にいるのはダメ人間と成績を残せない馬ばかり、自分は女性という色眼鏡でしか見られず、「頑張っても意味がないんじゃ…」と思いたくなっているとき、先ほども登場したおばあちゃん馬にレースで乗ることになります。その馬は能力的にも体力的にも勝ち負けに加わることは不可能で、ただ出走手当とレースを成立するためだけに走り続けているような立場。普段からおとなしく、闘争心も感じられませんから、周りの騎手に「邪魔だけはするなよ」と言われ、ヒロインも「ひとまずタイムオーバーにならないようにだけ乗るか」ぐらいの気持ちでレースを進めるのですが、ゴールが近づくと、突然、その馬がハミを噛むのです。

まさか。
瑞穂は眼を疑った。
ツバキオトメが、勝とうと●●●●している!

「風の向こうへ駆け抜けろ」

 果敢に馬群に突っ込んでいくおばあさん馬。でも、やはり能力的にも体力的にもついていけません。ヒロインは「もう、いいよ!」「もういい、充分だよ」と手綱をしごくのをやめます。でも、それでも、馬はハミを取るのです。ふらふらになりながら、結局最後尾になってしまいますが、前に進もうとしたのです。ヒロインは気付きます。

ツバキオトメは本当は勝ちたかったのだ。
たとえ厩舎馬であっても、出走手当をくわえて戻ってくるのが唯一の仕事だったとしても。
きっと、きっと、勝ちたかったのだ。

「風の向こうへ駆け抜けろ」

 あきらめかけた人間が、あきらめちゃいけないことを馬に教えられる。純粋で負けず嫌いなヒロインは、ここで「悔しい!」となったことで一皮むけるのです。正直、「あきらめちゃいけない」なんて言葉にするのが恥ずかしいほど当たり前のことなのですが、しゃべれない馬が行動で教えてくれるこの場面だと、すーっと、自然に読み手も受け入れることができるから不思議です。競馬小説のいいところですね。

 そして何より、2017年発売の続編ともども、この本の最大の魅力は〝シンプルに面白い〟点です。先ほど言ったように「小説すらほとんど読んだことがない人」にも分かりすく面白い。そして、今まで競馬本を読んできた人、たくさん読書をしてきた人にとって「本ってやっぱりいいな」と思わせてくれます。

 最初にあらすじを書きましたが、「よくある話だね」と思った方、いますよね。そうです。王道です。でも、王道なのですが、パーフェクトな王道なのです。エンターテインメント的にパーフェクトなのです。エンタメの軸は人間ドラマだと私は思うのですが、出てくるキャラは…

 変人

 おじいさん

 元天才

 現天才

 家柄のいいライバル

 公務員

 はい、漫画のようですよね。飽きさせません。だから初心者でもすぐに入り込めるのですが、それぞれにしっかり悩みを抱えています。だからこそいろいろなことが起こります。困難をみんなが苦しみながら乗り越えていく。そして、乗り越えるきっかけを与えるのがヒロインの存在なのです。本人は意識していません(ここ大事)。でも、1人の人間のまっすぐな気持ちと「熱」によって、周囲が変わっていく…。

 何度もすみません。

 これぞエンターテインメントの王道

 小説の王道

 物語の王道

 この本を読めば、きっと小説の楽しさに気付くはずです。競馬ファンで、読者が趣味じゃない人は、この本で読書の喜びに目覚める可能性があります。

 伝わるでしょうか。

 ヘタクソですみせん。

「伝えること」

 文章を書く人間としてこれは本当に難しい。

 いや、生きていくうえでも本当に難しい。

 伝えたい。

 でも、伝わらない。

 馬と人とはしゃべれません。

 伝えたい。

 でも、伝わらない。

 人間同士より伝わらない。

 でも、伝わるんです。

 だったら人間だって!

 そう思わせてくれます。

 ちなみに、藤田菜七子ジョッキーのデビューが2016年ですからあのフィーバーに乗って書かれた本ではありません。ジョッキーが女性であることはこの小説の本質ではないと思います。ただ、今年も話題の「女性ジョッキー」という要素に引っ張られて読もうと思った方がいたら、それもまた素晴らしい本との出会いになるはずです。

 物語のチカラをぜひ。


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