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「お好きな牌をお切りになったらよろしゅうございませんか」(89歳・ミヨさん)

 各地のマージャン教室や大会に積極的に参加し、ジジババたちの元気すぎる姿を目の当たりにしている「雀聖アワー」福山純生氏だからこそ書けるコラム。今回は…。

東1局

 犬は怒ると唸り、歯をむき出し、吠えたり噛んだりする。猫はシャーと声で威嚇し、毛を逆立てたり、尻尾を大きく振ったりする。人間は突如声を張り上げたり、物や人に八つ当たりしたり、若い世代なら表へ出ろ!といったところか。

 御年89。ミヨさん。70歳のときに旦那さんが亡くなってから、麻雀を覚えたご婦人である。銀座でクラブを経営してきた経験からなのか、所作も丁寧で物腰もやわらかい。

 そんなミヨさんと亀吉つぁんが初めて同卓した。御歳69の亀吉つぁんは、優柔不断で有名。おにぎりひとつ買うのにも5分はかかると噂されているほどの御仁である。

 亀吉つぁんの長考が始まった。右端の牌をつまんでは戻し、左端の牌をつまんでは戻しの繰り返し。「う~ん。迷うな。どっちなんだ」と相当悩んでいる。清一色なのかと思って後ろから見てみると、いたってよくあるピンフ系。ペンチャンターツかカンチャンターツのどっちを切り出していくのかをためらっていた。

 そうこうしているうちに3分ほど経過。優雅なミヨさんもさすがに表情がこわばってきた。「う~ん、わからん。どっちだろう」と頭を掻く亀吉さん。

「お好きな牌をお切りになったらよろしゅうございませんか。殿方なんでございますから」

 抑揚のない低いトーン。極限の怒りを丁寧語で表したミヨさん。

 殺気を感じたのか、「おっしゃる通りで!」と声を張り上げ、慌てて牌を切り出した亀吉つぁん。間髪入れずにミヨさんからロンの声。

「ごめんあそばせ。親の跳満、1万8000ね」

 それ以降、亀吉つぁんの長考はぴたっと止んだ。品のあるキレ方が、亀吉つぁんに決断力をもたらしたようである。元銀座ママ、恐るべし。

何を切ろうか…

東2局

 2016年に放送されたNHKの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。高畑充希が演じたヒロインは、生活総合誌「暮しの手帖」の創業者、大橋鎭子さん(享年93)がモデルである。

「暮しの手帖」2011年6―7月号に、大橋さんが御歳90の時に書かれたコラムが掲載されている。

 タイトルは「雀友ができました」。卒寿を迎えてから、麻雀教室に通い始める好奇心と行動力にはまさに脱帽。しかも秀逸なコラムタイトルは、麻雀を勝ち負けではなく、コミュニケーションツールとして捉えていることの表れでもある。

「このゲームを考えた人は、どんな人だったのでしょうか。きっと凄く頭のいいアイデアマンだったのでしょう。(中略)だんだんと顔見知りも増えて『今日はどうでしたか』などと慰めあったりして、それもまた楽しいもの。人生まだまだこれからです」と結ばれている。

 実際に麻雀教室に通って来られる方は女性が8割。その動機を聞いてみると、早めの認知症予防という方は多い。日本は、世界中でも前例のない、超高齢化社会に突入している。仮に65歳から始めても、卒寿まで生きたなら25年間にわたって麻雀することができるわけだ。

 自分のことより家族のこと。家族のことより他人のことを大切に思っていた、とと姉ちゃん。卒寿を迎えてなお、好奇心に満ち溢れていた行動力には学ぶべきことが多い。

◆福山純生(ふくやま・よしき)1970年、北海道生まれ。雀聖アワー主宰。全日本健康麻将協議会理事。健康麻将全国会新聞編集長。好きな役はツモ。


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